おはようございます
昨日の熊本市は朝に雨はあがり、日中は晴れたり曇ったりしていました
最高気温は18.8度まで上がり、4月ごろの気温となりました
洗濯物がよく乾いてありがたかったです
今日は何の日かな~と調べていると
今日は天気図のはじまりの日
天気予報の歴史
天気予報と天気図のはじまり
明治15(1882)年1月1日に暴風警報業務編成のため内務省地理局に雇い入れられた御雇外国人のドイツ人クニッピング(E. Knipping)は、まずは各地の気象データを収集する体制づくりを試みます。その尽力により、明治16(1883)年2月16日に、毎日1回午前6時の気象電報を全国から収集できるようになり、その日から東京気象台で初めて天気図が作製(試行)されました。天気図は、気象の状況を視覚的に表現するための重要なツールです。初期の天気図は、各地から送られてくる気象データを基に手描きで作成されていました。同年3月1日からは毎日の天気図の印刷配布が始まりました。また、同年5月26日には東京気象台で初めて暴風警報が発表されました。
さらに明治17(1884)年6月1日には毎日3回の全国の天気予報の発表が開始されています。最初の天気予報は、「全国一般 風ノ向キハ定リナシ 天気ハ変リ易シ 但シ雨天勝チ」という日本全国の予想をたった一つの文で表現するもので東京の派出所等に掲示されました。当時は、収集した気象データを基にした大まかな予報が行われていました。この時期の予報は精度に限界がありましたが、自然災害から国民を守るための重要な一歩でした。
明治16(1883)年に始まった天気図の作成は、電報により収集した実況観測値を紙の地図に手描きで記入し、手描きで等圧線等を解析するものでした。昭和46(1971)年には、世界各地から専用回線で集めた実況観測資料を人の手ではなく、機械で用紙の地図上に描画できるようになりましたが、予報官が色鉛筆と消しゴムを用いて等圧線や高気圧、低気圧、前線等を手描きにより解析する作業形態には変わりませんでした。この点を大きく変えたのは平成8(1996)年の天気図解析システムの導入でした。これにより、天気図は数値予報モデルの等圧線を原型とし、実況観測値などに合わせて等圧線に修正を加えつつ高気圧や低気圧、前線を解析するような作業形態に変わり、手作業の負担が軽減され、その後の「速報天気図」やデジタルデータの提供などにつながりました。
引用:気象庁より
天気図は気象の状況を視覚的に把握することができる便利なものなので、毎日のように見ています
初めての天気図作製は明治16年2月16日。143年も前のこと
天気図作製の功労者はドイツのクニッピングさん
初期の天気図は手書きだったようです
昭和46年には、世界各地から専用回線で集めた実況観測資料を機械で用紙の地図上に描画できるようになり
平成8年には天気図解析システムの導入されたことで
天気図は数値予報モデルの等圧線を原型とし、実況観測値などに合わせて等圧線に修正を加えつつ高気圧や低気圧、前線を解析するような作業形態に変わり、その後の「速報天気図」やデジタルデータの提供などにつながった
天気予報や天気図には長い歴史があるのですね
いつもあたりまえにように天気予報や天気図を見ていますが
先駆者たちの努力の積み重ねによってできていることを思うとありがたいです
天気は生活の中でも仕事においても大切なものです
ここ数年、気候変動が起こっているので日々の天気を把握して対処することが極めて重要となっています
天気にもっと詳しくなりたいと思う日々です
これからも空を見上げて「なぜ、なに」を大切に過ごしていきます(*^-^*)
今日は「今日は天気図のはじまりの日」のお話しでした
おしまい
本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました(人˘︶˘).。.:*♡
では(^0^)/
「笑う門には福来る~Fortune come to laugh~」♬





